座席とかの話

体力にハンディを背負っている人たちに公共の場での座席を譲る行為には基本的に賛成ではある。立場が平等であれば座るにふさわしい人が座ればいい話だ。しかし通勤時間帯の急行電車などで譲るのは昔から納得がいかない。そういった通勤時間帯の急行電車などは、疲れた労働者階級の人間が社会システム上多く乗っており、さらに混雑を極めているわけであり、ハンディがある人間がなぜ空いている各駅停車ではなくそういった急行電車に乗ってくるのかを考えると、納得いく理由が見当たらないからだ。他人に席を譲られなければ体力的に辛いことは、その人自身の問題であって、正当な座席利用の権利を奪ってまで他人に問う問題ではない。現に各駅停車に乗り換えて、10分や20分多く移動に時間を費せば、ほぼ確実に座れる場合が多い。そうやって立場を同じにして初めて座席が無い場合に譲ってもらえばよいわけで、急行に乗って時間も短縮し、さらに疲れた労働者たちから座席まで譲ってもらうとはどんな特権意識なのかと頭の構造を疑う。急行電車の始発駅までわざわざ戻ったり、1本電車を見逃したりしながら整列乗車後にやっと座席を得た社会を支える労働者たちが、あとからのうのうと乗ってきた人間に席を譲る責務は間違いなく1ミリも存在しない。